横浜地方裁判所川崎支部 昭和61年(ワ)489号 判決 1990年11月16日
主文
一、原告の請求を棄却する。
二、訴訟費用は、原告の負担とする。
事実及び理由
第一、原告の請求
被告は、原告に対し
1. 別紙第一物件目録(一)ないし(六)記載の各土地(以下「一の土地」という。)、同第二物件目録(一)ないし(五)記載の各土地(以下「二の土地」という。)及び同第三物件目録記載の土地(以下「三の土地」という。)の持分各四分の一について真正な登記名義の回復を原因とする持分移転登記手続をせよ。
2. 五〇四〇万四一二五円及びこれに対する昭和六二年三月七日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
第二、事案の概要
本件は、被告が、原・被告の父である亡大川銕五郎(以下「銕五郎」という。)のなした遺言書(以下「本件遺言書」という。)を隠匿したため、民法八九一条五号により相続権を有しないので、被告において取得したとする銕五郎の相続財産に関し、同人の相続人である原告は、それにつき四分の一の持分を有するとして、被告に対し、被告に所有権移転登記が経由されている不動産について真正な登記名義の回復を原因とする持分移転登記手続を、また、被告の利得した利得金について原告の持分割合に応じた金員の支払を求めた事案である。
一、争いのない事実
1. 銕五郎は、昭和五〇年六月二日死亡し、その相続人は別紙相続人一覧表の記載のとおりである。
2. 被告は、銕五郎から、同人所有の一ないし三の各土地及び別紙第四物件目録記載の土地(以下「四の土地」といい、以上を総称して「本件土地」という。)を相続により取得したとして
(一) 一及び二の各土地については、銕五郎から被告に相続を原因とする所有権移転登記が経由されている。
(二) 三の土地については、銕五郎において生前訴外仁藤泰夫から交換によりその所有権を取得していたものであったことから、同人から銕五郎の相続人である被告に所有権移転登記が経由されている。
(三) 四の土地については、被告から訴外有限会社日吉不動産(以下「日吉不動産」という。)に売却されている。
(四) 一の土地のうち(一)・(二)・(五)の各土地及び三の土地については、被告において第三者に対して宅地ないし駐車場として賃貸して収益を得ている。
3. 銕五郎は、生前の昭和四二年二月二二日に公正証書による本件遺言書を作成したが、同人死亡のころ一貫して被告においてこれを保管していた。
4. 銕五郎の相続人は、昭和五〇年一〇月二八日、遺産分割協議(以下「本件遺産分割」という。)をなした。
二、争点
本件の争点は、次のとおりである。
1. 被告は、本件遺言書を他の相続人に秘匿して隠匿したのか。
2. 被告が四の土地を幾らで日吉不動産に売却したのか。
3. 被告が第三者に対して一の土地のうち(一)・(二)・(五)の各土地及び三の土地を賃貸して得た金額
第三、争点に対する判断
一、争点1について
民法八九一条五号は、相続人が相続に関する被相続人の遺言書を隠匿した場合には、右相続人の相続権を当然に剥奪するという重大な効果を定めていることに鑑みると、同号にいう「隠匿」というには、当該相続人において、被相続人の遺言書を隠匿するという行為のみならず他の相続人の相続分を侵害する主観的隠匿意思(以下、便宜的に「隠匿の故意」という。)が存しなければならないと解するのが相当である。
以下、本件について検討する。
1. 隠匿行為について
隠匿の行為というには、積極的に遺言書を隠したりするような行為ばかりでなく、遺言書の存在を知り、これが自己の支配下にありながら、他の相続人に対してその存在を明らかにしない場合にも不作為による隠匿行為に該当するというべきであるところ、被告は、銕五郎の生前から本件遺言書を自宅に保管しながら、その時から銕五郎死亡による相続開始後も、更には本件遺産分割がなされた後も、その存在を銕五郎の相続人である原告に対して一切明らかにしていない(被告の供述)から、被告の右不作為は、隠匿行為に該当する。
2. 隠匿の故意について
<証拠>によれば、以下の事実が認められる。
(一) 銕五郎の本件遺言書には、同人所有の本件土地を含む一〇筆の田、二筆の畑・二筆の宅地と三棟の家屋のうち、田八〇坪を長女の中川君代(以下「君代」という。)に贈与し、その余は、全て原告に遺贈する旨記載されている。
(二) しかるに、本件相続開始後約四ケ月経た昭和五〇年一〇月二八日に、銕五郎の相続財産に関して、君代において田二〇九・一五九一平方メートル、田九〇・六八八八平方メートル及び田三〇・七二八五平方メートル並びに家屋一棟を、原告において田二〇九・一五九一平方メートル、田九〇・六八八八平方メートル及び田三〇・七二八五平方メートル並びに家屋一棟を、小川孝子において田二〇九・一五九一平方メートル、田九〇・六八八八平方メートル及び田三〇・七二八五平方メートルを、残余の不動産及び預金債権は被告において各取得する旨の本件遺産分割が成立し、更に、原告は右のほか一〇〇〇万円を取得することになっていた(なお、実際に被告から受領した額はそのうち五〇〇万円であった。)。
右認定事実によれば、本件遺言書は銕五郎の遺産の殆ど全部に相当する不動産を被告に対して包括的に遺贈する内容となっていたものの、被告は、原告を含む全相続人との間において、被告にとっては本件遺言書の内容よりも相続分が減少する内容の本件遺産分割をなしているものであり、原告に対して本件遺言書の存在及び内容を秘匿したとはいえ、自己が有利になろうとして或いは不利になることを回避しようとして、これを秘匿したと肯認することはできず、被告に隠匿の故意が存したことを認めることは困難である。
なお、原告は、銕五郎死亡後本件遺言書を直ちに公表すれば、原告ら他の相続人から遣留分の減殺請求を受け、遺言書どおり銕五郎の遺産の殆ど全部を一人占めすることができなくなることを恐れて公表しなかった旨供述するが、銕五郎の相続人らにおいて本件遺産分割をなした際、遺留分について配慮してこれを行った訳ではないこと(弁論の全趣旨)や、被告において他の相続人から遣留分の減殺請求を受けることを懸念した形跡は窺えないことをも勘案すると、原告の右供述を俄かに採用することはできない。
二、以上の次第であるから、その余の争点を判断するまでもなく原告の本訴請求は理由がない。
物件目録<略>